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最高裁判所第二小法廷 平成9年(オ)2197号 判決

主文

一  原判決中上告人敗訴部分を破棄する。

二  前項の部分につき被上告人らの控訴を棄却する。

三  第一項の部分につき被上告人らが原審において拡張した請求を棄却する。

四  控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。

理由

上告代理人安西愈、同井上克樹、同外井浩志、同込田晶代、同小村修平、同佐藤憲一の上告理由について

一  本件は、上告人の従業員である被上告人らが、週休二日制の実施に伴い平日の所定労働時間を延長する就業規則の変更はこれに同意しない被上告人らに対し効力を及ぼさないと主張して、変更前に適用されていた就業規則(以下「旧就業規則」という。)上の終業時刻に基づいて計算した時間外勤務手当から現実に支払われた時間外勤務手当を差し引いた残額の支払を求める訴訟である。

二  原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  上告人は、平成元年当時、従業員数約二一〇人、店舗数一五店の信用金庫であって、函館市に本店を置き、同市を中心に営業していた。上告人には、右の当時、組合員数約一〇〇人の函館信用金庫従業員組合(以下「従組」という。)と組合員数約三〇人の函館信用金庫労働組合(以下「労組」という。)があり、被上告人らは、従組の組合員であった。

2  旧就業規則は、上告人の従業員の所定労働時間及び休日について、平日の所定労働時間は午前八時五〇分から午後五時まで(休憩時間六〇分を除き七時間一〇分)、土曜日の所定労働時間は午前八時五〇分から午後二時まで(休憩時間六〇分を除き四時間一〇分)、休日は日曜日、国民の祝日及びその他上告人が特に指定する日と定めていた。

3  政府は、労働時間短縮のため欧米諸国に合わせて週休二日制を実現しようとし、そのために金融機関と官庁を先行させて、これを他の一般企業に波及させるという方針を採り、かねてから、金融機関の労使に対して労働時間の短縮を呼びかけていた。労働時間短縮の目標は、週の労働時間を四八時間から四〇時間へ短縮することであり、そのため、昭和六二年法律第九九号により労働基準法の改正がされ、週四〇時間制に向けての段階的な労働時間の短縮が進められることとなった。信用金庫の休日については、信用金庫法八九条一項、銀行法一五条一項、信用金庫法施行令(以下「施行令」という。)一二条に信用金庫の休日に関する規定が設けられているところ、右のような経緯の下で、昭和五八年政令第一〇三号により毎月の第二土曜日を休日とする施行令の改正がされ、次いで、昭和六一年政令第七八号により毎月の第三土曜日も休日とする施行令の改正がされた。そして、いわゆる完全週休二日制を導入するため、同六三年一〇月二一日、土曜日を信用金庫の休日と定める昭和六三年政令第三〇三号(平成元年二月一日施行)が公布された。

4  上告人は、昭和五八年の施行令の改正に対応して、第二土曜日を特別有給休暇にすることを従組に申し入れたが、従組はこれを拒否した。上告人は、同年八月、従組との合意がないまま、旧就業規則に基づき第二土曜日を休日に指定した。上告人は、同六一年の施行令の改正に当たっては、従組と格別の話合いをすることなく、同年八月から、第三土曜日を休日扱いとすることとした。

5  社団法人全国信用金庫協会は、完全週休二日制について、その推進に協力する姿勢を示していた。しかし、信用金庫業界における所定労働時間は、最長が年間二二八〇時間(週平均四三時間五〇分)であるが、平均では、年間二〇一六時間(週平均三八時間四六分)であって、既に週四〇時間制を下回っていたため、同協会は、昭和六三年一〇月ころ、「完全週休二日制実施に伴う就業管理体制」及び「就業規則改訂の手引き」という冊子を各信用金庫に配布し、その中で、(1) 週平均所定労働時間の目標値を四〇時間とすること、(2) 労働時間の短縮は賃上げと同義であって、人件費コストの上昇を招くから、土曜日の労働時間をある程度平日の勤務時間の延長で吸収すること等を検討し、収益状況をみながら、弾力的、漸進的に進めることが重要であること、(3) 就業規則の変更は、遅くとも同年一二月末日までに労働組合又は従業員に提示する必要があり、賛意が得られないときは、十分熱意と誠意をもって説明することが肝要であること等を指摘した。また、右冊子には、従来の所定労働時間の長短に応じた就業規則変更の例が記載されており、その中の業界平均より所定労働時間が短い場合のモデルケースでは、極力平日の労働時間延長で対応すべきであって、一日二五分間又は三〇分間の延長が現実的であるなどとの対応策が示されていた。

6  従組は、昭和六三年一一月一〇日、上告人に対し、年末臨時給与の要求のほか、完全週休二日制に伴う平日の労働時間の延長をしないこと等を要求した。しかし、上告人と従組との団体交渉では、第三土曜日が休日扱いとされていることの根拠が大きな問題となり、それ以上の議論に進まなかった。上告人は、旧就業規則を前記冊子に従って改定することとし、所定労働時間が短い場合のモデルケースをほぼそのまま引き写した内容の就業規則案、すなわち、平日の勤務時間を午前八時四五分から午後五時二〇分まで(休憩時間六〇分を除き七時間三五分)とし、土曜日を休日とする条項を含む案を作成して、同年一二月二二日、従組に同案を交付し、就業規則の変更を申し入れた。従組は、平成元年一月二〇日付け意見書により、同案には多数の疑問があること、改定理由の説明がないこと、完全週休二日制の実施には土曜日を休日として追加すれば足りること等を指摘し、変更を一方的に強行しないように上告人に申し入れた。上告人は、同月三一日、就業規則の変更につき、従組と団体交渉をしたが、同意を得られず、同意のないまま、同年二月一日に前記の案のとおりの就業規則(以下「新就業規則」といい、旧就業規則から新就業規則への変更を「本件就業規則変更」という。)の実施を全従業員に通知した。

7  本件就業規則変更により、始業時刻が五分早まり、終業時刻が二〇分遅くなった結果、所定労働時間は、一日七時間三五分、週三七時間五五分となった。年間所定労働時間は、第二及び第三土曜日を休日として計算すると、従前は一八八八時間四〇分であったが、本件就業規則変更により平成元年から同一〇年までの平均で年間七時間五分短縮された。

8  上告人は、不良債権が多く、昭和五六年以降、大蔵省や北海道財務局から経営内容改善の指導を受けるようになり、資産内容の著しい悪化等が指摘されていた。上告人は、同六一年の預金量、利益率、経費率、人件費率等を総合した経営効率が、道内においても全国においてもほぼ最低水準にあり、コスト高のため預金金利及び経費が貸出金利を上回るという逆ざや現象が生じており、自己資本比率も四パーセントを下回っている信用金庫は全道で上告人のみという状況であり、他方、従業員一人当たりの人件費は、約五五九万円であって、道内の信用金庫の平均である約五二〇万円を上回っていた。そのため、上告人では、同六〇年度から平成元年度まで賃金のベースアップがなく、役員報酬も一〇年間据え置かれたままであって、一定の役員の賞与は支給されていなかった。もっとも、長期的にみれば、収支基調は順調であって、利益も次第に増加していた。

9  完全週休二日制の実施に当たり本件と同様の紛争が生じて本件訴えと同様の訴えが提起された道内の他の三信用金庫は、従業員側の要求をいれて、紛争を終結している。また、無条件で完全週休二日制を導入している信用金庫もある。

三  右認定事実の下で、原審は、次のとおり判断して、被上告人らの請求の大部分を認容した。

1  本件就業規則変更により、従来時間外勤務手当が支給されていた午後五時から五時二〇分までの時間帯が所定労働時間に組み込まれたため、労働の実態に格別の変化がないのに、右時間帯の時間外勤務手当が支給されなくなったものということができる。これにより従業員一人当たり月額平均約四二〇〇円(平成元年における午後五時から起算して算出した時間外勤務手当の総額と午後五時二〇分から起算して算出した時間外勤務手当の総額との差額を基に計算した金額)が支給されなくなったことの実質的不利益は、決して少なくないというべきである。

2  労働時間の開始時刻、終了時刻、長さ等は、労働者の一日の生活リズムに大きく影響し、一日の労働時間がどのように定められるかは、重要である。また、通勤に公共交通機関を利用している従業員の場合は、単に五分及び二〇分の変更にとどまらない大きな影響を受けることがある。

3  金融機関では、銀行業務の特殊性やオンラインの業務処理等により、土曜日を休日としても土曜日の仕事は平日の午後五時までの労働に基本的に吸収される。また、上告人が平日の労働時間の延長をせずに完全週休二日制を実施すると、時間外勤務手当の一時間当たり単価が約五・三五パーセント上昇するが、これは、土曜日が休日になることによる水道光熱費等のランニングコストの減少とほぼ見合うものである。本件就業規則変更の当時、上告人は厳しい経営状況にあったが、その原因は、経営者側に多くの問題があったことによるものである。上告人は、完全週休二日制を実施した場合に、経営が立ち行かなくなるかどうかについて綿密な検討をした形跡はなく、実施によるコスト面でのマイナス効果は極めて少なかったとみざるを得ない。

4  週休二日制による賃金単価の上昇を抑えるため平日の労働時間を延長するという手法は、政府の強調してきた労働時間短縮の趣旨を著しく減殺するものである。

5  本件就業規則変更による全体としての所定労働時間の短縮は極めてわずかなものにすぎず、この利益を大きなものと評価することはできない。

6  上告人の従組に対する対応は、多数組合であった従組の意見を聴いて真しに協議し尊重すべき意見があれば尊重するという姿勢には、ほど遠いものである。

7  本件就業規則変更は、その必要性が乏しく、被上告人らにとって重要な勤務時間及び賃金に関する既得の権利を一方的に奪うものであり、実質的には、従組の意見を聴かないまま新就業規則を実施するに至ったものと評価することができるので、その効力を生じない。

四  しかし、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  本件就業規則変更により、被上告人らにとっては、平日の所定労働時間が二五分間延長されることとなったのであるから、本件就業規則変更が被上告人らの労働条件を不利益に変更する部分を含むことは、明らかである。また、労働時間が賃金と並んで重要な労働条件であることは、いうまでもないところである。

2  そこで、まず、変更による実質的な不利益の程度について検討すると、二五分間の労働時間の延長は、それだけをみれば、不利益は小さなものとはいえない。しかしながら、本件就業規則変更前の被上告人らの所定労働時間は、第三土曜日を休日扱いとしていた実際の運用を前提に計算しても、第一、第四及び第五週が四〇時間、第二及び第三週が三五時間五〇分であって、これが、変更後は、一律に週三七時間五五分になるのである。そうすると、年間を通してみれば、変更の前後で、所定労働時間には大きな差がないということができる。

さらに、本件では、完全週休二日制の実施が本件就業規則変更に関連する労働条件の基本的改善点であり、労働から完全に解放される休日の日数が増加することは、労働者にとって大きな利益である。また、終業時刻が午後五時二〇分とされた本件就業規則変更後においても変更前と同一の時間外勤務がされることを前提とする原審認定の時間外勤務手当の減少は、合理的根拠を欠くものというべきである。したがって、全体的にみれば、被上告人らが本件就業規則変更により被る実質的不利益は、必ずしも大きいものではないというのが相当である。

3  次に、変更の必要性について検討すると、本件では、金融機関における先行的な週休二日制導入に関する政府の強い方針と施行令の前記改正経過からすると、上告人にとって、完全週休二日制の実施は、早晩避けて通ることができないものであったというべきである。そして、週休二日制の実施に当たり、平日の労働時間を変更せずに土曜日をすべて休日にすれば、一般論として、提供される労働量の総量の減少が考えられ、また、営業活動の縮小やサービスの低下に伴う収益減、平日における時間外勤務の増加等が生ずることは当然である。そこで、経営上は、賃金コストを変更しない限り、土曜日の労働時間の分を他の日の労働時間の延長によって賄うとの措置を採ることは通常考えられるところであり、特に、既に年間所定労働時間が同業者の平均よりも短くなっていた上告人のような企業にとっては、その必要性が大きいものと考えられる。加えて、上告人は、本件就業規則変更の当時、相対的な経営効率が著しく劣位にあり、人件費の抑制に努めていたというのであるから、他の金融機関と競争していくためにも、変更の必要性が高いということができる。

4  さらに、新就業規則の内容をみると、変更後の一日七時間三五分、週三七時間五五分という所定労働時間は、当時の我が国の水準としては必ずしも長時間ではなく、他と比較して格別見劣りするものではない。そうすると、平日の労働時間の延長をせずに完全週休二日制だけを実施した場合には所定労働時間が週三五時間五〇分になることや上告人の経営状況等も勘案すると、本件就業規則変更については、その内容に社会的な相当性があるということができる。

5  以上によれば、本件就業規則変更により被上告人らに生ずる不利益は、これを全体的、実質的にみた場合に必ずしも大きいものということはできず、他方、上告人としては、完全週休二日制の実施に伴い平日の労働時間を画一的に延長する必要性があり、変更後の内容も相当性があるということができるので、従組がこれに強く反対していることや上告人と従組との協議が十分なものであったとはいい難いこと等を勘案してもなお、本件就業規則変更は、右不利益を被上告人らに法的に受忍させることもやむを得ない程度の必要性のある合理的内容のものであると認めるのが相当である。

したがって、本件就業規則変更は、被上告人らに対しても効力を生ずるものというべきである。

五  以上に説示したところによれば、本件就業規則変更の効力を認めなかった原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいう限度で理由があり、その余の点を判断するまでもなく、原判決のうち上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして、本件就業規則変更の効力が及ばないことを前提とする被上告人らの請求は理由がないことに帰し、第一審判決は正当であるから、前記敗訴部分につき、被上告人らの控訴を棄却し、原審において拡張された請求も棄却することとする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福田博 裁判官 河合伸一 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷玄)

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